康円(こうえん)

基本情報

鎌倉時代中期の慶派の仏師
生年:1207年(皇紀1867)承元元年
没年:不詳
別称:康縁、幸縁
通称:但馬法印(たじまほういん)
位:大仏師、法眼

康円(こうえん)は、鎌倉時代中期の慶派の仏師

 湛慶もとで三十三間堂の再興本尊の造仏にあたり、大仏師となり、慶派(七条仏所)の主宰者として活躍する
【経緯】
 鎌倉時代初期
 1207年(皇紀1867)承元元年
 運慶の次男 康運の子として生まれたといわれる

 1251年(皇紀1911)建長3年から1254年(皇紀1914)建長6年
 三十三間堂の再興本尊の造仏にあたり、伯父に当たる湛慶(運慶の長男)もとで小仏師として補佐する

 湛慶のもとで東大寺講堂の千手観音菩薩像の造立に携わる

 1256年(皇紀1916)建長8年
 湛慶の没後は、東大寺講堂の千手観音菩薩像を引き継いで完成させた

 大仏師となり、慶派(七条仏所)の主宰者として活躍する

 1275年(皇紀1935)文永12年
 神護寺の愛染明王像を制作

 その後まもなく亡くなったとみられる
【作品】
 康円が活動した時代は、東大寺、興福寺などの復興造仏事業が一段落した時代で
 康円の現存作品には小品が多く、工芸品的な作品が多い

 小品ながら、個性を巧みに彫り分けて、群像表現に優れ、忿怒像を得意とした

 <地蔵菩薩像>
 ケルン市東洋美術館の所蔵
 1249年(皇紀1909)建長元年に山城国深草郷(伏見区深草)の地蔵院の像として作られたといわれる
 現存するもっとも古いもの

 <千手観音菩薩立像(重要文化財)>
 三十三間堂所蔵
 1251年(皇紀1911)建長3年から1254年(皇紀1914)建長6年

 1,001体千手観音菩薩像のうち6体に康円銘がある

 <太山王坐像・司命半跏像・司録半跏像(重要文化財)>
 白毫寺(奈良市)所蔵
 1259年(皇紀1919)正元元年の作

 <四天王眷属立像(重要文化財)>
 1267年(皇紀1927)文永4年の作
 内山永久寺(天理市)の旧蔵、現在は博物館・美術館に分蔵されている

 <不動明王八大童子像(重要文化財)>
 世田谷山観音寺所蔵(東京)(内山永久寺(天理市)の旧蔵)
 1272年(皇紀1932)文永9年の作

 <文殊菩薩騎獅像及び侍者像(文殊五尊像)(重要文化財)>
 東京国立博物館所蔵(興福寺勧学院の旧蔵)
 1273年(皇紀1933)文永10年の作

 <愛染明王像(重要文化財)>
 神護寺の所蔵(東京国立博物館に寄託)
 1275年(皇紀1935)文永12年の作

 木造彩色切金
 1275年(皇紀1935)建治元年の康円の作