時期:1467年(皇紀2127)応仁元年~1603年(皇紀2263)慶長8年
先時代:室町時代
次時代:江戸時代
戦国時代(せんごくじだい)は、室町時代から江戸時代の間の、幕府などの実質的な中央政権が確立せず、戦乱が頻発した時代
室町時代と桃山時代と重なる年代区分
戦国時代の始期には諸説がある
1467年(皇紀2127)応仁元年の、「先の大戦」といわれる応仁の乱が勃発したとき
1493年(皇紀2153)明応2年の、管領 細川政元が、室町幕府10代将軍 足利義材を追放した明応の政変が起こったとき
戦国時代の終期にも諸説がある
1568年(皇紀2228)永禄11年の、織田信長が上洛したとき
1573年(皇紀2233)天正元年の、室町幕府15代将軍 足利義昭が織田信長によって追放されたとき
1588年(皇紀2248)天正16年の、足利義昭が征夷大将軍を辞任したとき
1603年(皇紀2263)慶長8年の、徳川家康が征夷大将軍に任命されたとき
守護大名に代わって全国各地に戦国大名が戦いを繰り返し、領国内の土地や人を一元的に支配した
【経緯】
室町時代
1467年(皇紀2127)応仁元年 応仁の乱
室町幕府8代将軍 足利義政の跡継ぎ争い、山名家・細川家ら守護大名の権力争い、畠山家・斯波家の跡継ぎ争いなどによる
争いが勃発する
各地の守護大名が上洛し、都を戦場にした争いが約10年間続く
山名家の衰微、西軍の京都撤退など、細川家が勝利した形だが、はっきりとした勝敗の結果は残らなかった
1473年(皇紀2133)文明5年12月19日
足利義尚が、父親 足利義政から将軍職を譲られ室町幕府9代将軍となる
1487年(皇紀2147)文明19年 鈎の陣
応仁の乱が収束し、山名宗全率いる西軍に属した近江守護 六角高頼は幕府と敵対し、将軍 足利義尚が征伐のため出陣
尾張国や若狭国など京都近辺の諸大名が従う
1490年(皇紀2150)延徳2年
伯父 足利義尚の死後、足利義材が、室町幕府10代将軍となる
1493年(皇紀2153)明応2年4月 明応の政変
管領 細川政元が、将軍 足利義材を追放し、足利清晃を将軍に擁立するクーデターに成功して実権は細川家に移った
将軍 足利義材は、各地の大名に身を寄せる存在となり、幕府の中央政権としての権威は決定的に失われた
12月27日
足利義高(足利清晃)(後に足利義澄)が、室町幕府11代将軍の宣下を受ける
1508年(皇紀2168)永正5年
周防国の大内義興が、前将軍 足利義尹(足利義材)(後に足利義稙)を奉じて上京する
足利義澄が将軍職を廃されて、足利義尹が将軍に返り咲く
1521年(皇紀2181)大永元年
丹波国の細川高国が、将軍 足利義稙を追放し、足利義晴(足利義澄の子)を室町幕府12代将軍に擁立する
1546年(皇紀2206)天文15年12月20日
11歳の足利義輝が、父親 足利義晴から将軍職を譲られ室町幕府13代将軍となる
1548年(皇紀2208)天文17年
紀伊国の三好長慶が、先代将軍 足利義晴・細川晴元を追放する
1565年(皇紀2225)永禄8年 永禄の変
将軍 足利義輝が、三好三人衆・松永久秀に暗殺される
1568年(皇紀2228)永禄11年2月8日
足利義栄が、三好三人衆の推挙により朝廷から将軍宣下を受けて室町幕府14代将軍となる
同年9月
足利義昭が、織田信長と浅井長政に警護されて上洛してきたため、三好三人衆が抗戦したが敗れ、将軍 足利義栄は阿波に逃れる
同年10月18日
足利義昭が、朝廷から将軍宣下を受けて室町幕府15代将軍となる
織田信長は、京都統治を行い、大津・堺・山崎など商業都市を直轄地とし、将軍 足利義昭の名で各地へ命令を発布する
北条家、武田家、上杉家、毛利家など、各地方も統一への道を歩み始める
1573年(皇紀2233)天正元年
織田信長が、織田信長追討のため挙兵した将軍 足利義昭を京都から追放する
将軍 足利義昭は、各地の大名を頼って渡り、毛利輝元の勢力下の備後国の鞆の地において、幕府機能を継続させる
足利義昭は、延暦寺、本願寺、武田信玄、上杉謙信、朝倉義景、浅井長政、松永久秀、三好三人衆、毛利輝元らを
結集して信長包囲網を築き上げようとするが、朝倉義景軍や武田信玄軍の撤退により崩壊する
1582年(皇紀2242)天正10年6月2日 本能寺の変
織田信長と織田信忠が、明智光秀に討たれる
1586年(皇紀2246)天正14年7月11日
羽柴秀吉が、朝廷より関白の宣下を受ける
同年12月25日
豊臣秀吉が、太政大臣に任じられ、豊臣政権を確立し、全国的に太閤検地、刀狩、身分統制令、貨幣統一を行う
1587年(皇紀2247)天正15年10月
将軍 足利義昭が、京都に帰還する
1588年(皇紀2248)天正16年1月13日
将軍 足利義昭が、征夷大将軍を辞職し出家し、准三宮の宣下を受け皇族と同等の待遇を得る
1592年(皇紀2252)文禄元年9月9日
東北から九州まで全国を完全に平定した豊臣秀吉が、織田秀信を美濃国の大名とし岐阜城を返す
1598年(皇紀2258)慶長3年8月18日
豊臣秀吉が死去し、豊臣秀頼が家督を継ぐ
1600年(皇紀2260)慶長5年 関ヶ原の戦い
徳川家康を総大将とする東軍と、毛利輝元を総大将とし石田三成を中心とする西軍とが、両軍とも「豊臣秀頼公のための戦い」を
大義に合戦に至る
1603年(皇紀2263)慶長8年2月12日
徳川家康が、後陽成天皇により征夷大将軍の宣下を受けて、江戸幕府を開く
【情勢】
<下克上>
室町幕府によって保証されていた古い権威が否定され始め、
守護の支配下にあった者や新興の実力者などが、新しい権力階級にのし上がり領国を統治していくこととなった
<経済成長期>
日本各地で、永続的な戦闘を可能にしたほど、経済が質・量ともに急速に発達した時代
従前の社会体制を支えていた荘園公領制が、ほぼ形骸化した
それらに伴い、新たな開拓や内外の通商も発展し、新興の地主や商人が成長した
【文化】
戦乱の時代において、天皇や公家は、文化的活動に存在意義を見出すことを強いられ、
文化人の武家をも巻き込んで、有職故実や古今伝授という文化の相伝を続けた
京都から疎開する文化人も多く、周防国 大内義隆は、京の貴族を多数招いて山口に京都文化を発展させることに尽力した
<茶の湯>
戦国時代の気風により、次第に豪壮さを趣にする趣向が増え、また、禅の思想に基づく「わび・さび」の趣向も大成される
武野紹鴎、古田織部、千利休、村田珠光
<画家>
中国の水墨画から、日本独自の水墨画が発展する
雪舟、狩野元信、長谷川等伯、雪村周継、土佐光信
画を嗜む武将:土岐頼芸(「鷹図」)、武田信廉(「武田信虎像」「大井夫人像」)など
<華道>
池坊専応
花伝書「専応口伝」などが作成され、立花の体系化を図り、立花が大成していく
<京焼・清水焼>
京焼の生産が行われ始めたといわれる
本阿弥光悦
【戦国大名】
<戦国大名>
守護大名に代わって全国各地に戦国大名が戦を繰り返し、領国内の土地や人を一元的に支配した
ほとんどが守護大名・守護代・国人・国司・公家の出身者
領国は高い独立性を持ち、地域国家といわれるほどの実態を持っており、「大名領国制」と称される
他地域との戦国大名と、同盟関係を結ぶことも多かった
戦国大名は、家臣として組織化された国人・被官層により支えられて存立していた
領国内の国人・被官層の権益を守る能力のない戦国大名は排除されることも多くあった
陸奥国(青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県北東部)
伊達家 伊達稙宗、伊達政宗
越後国(新潟県)
上杉家 上杉謙信
能登国(石川県北部)
畠山家 畠山義就
加賀国(石川県南部)
一向一揆
越前国(福井県嶺北地方)
朝倉家 朝倉義景
関東
北条家 北条早雲
甲斐国(山梨県)
武田家 武田信玄
駿河国(静岡県中部・北東部)
今川家 今川義忠・今川氏親
遠江国(静岡県西部)
斯波家 斯波義重
三河国(愛知県東部)
松平家 徳川家康
尾張国(愛知県西部)
斯波家 斯波義重
織田家 織田信秀・織田信長 家臣 豊臣秀吉
美濃国(岐阜県)
土岐家 土岐頼芸
斎藤家 斎藤道三
近江国(滋賀県)
六角家 六角高頼・六角義賢・六角義治
浅井家 浅井長政
丹波国(京都府中部)
細川家 細川勝元・細川高国・細川晴元
明智家 明智光秀
丹後国(京都府北部)
一色家 一色義春
畿内
三好家 三好長慶・三好三人衆(三好長逸・三好政康・岩成友通)
河内国(大阪府東部)
畠山家 畠山高政
摂津国(大阪府北中部、兵庫県南東部)
細川家 細川晴元
大和国(奈良県)
松永家 松永久秀
但馬国(兵庫県北部)
山名家 山名豊定
播磨国(兵庫県南西部)
赤松家 赤松義祐
備後国(広島県東部)
毛利家 毛利輝元
安芸国(広島県西部)
大内家 大内義隆
毛利家 毛利元就・毛利輝元
周防国(山口県東南部)
大内家 大内義興
東四国(阿波・讃岐)
細川家 重臣 三好長慶
土佐国(高知県)
長宗我部家 長宗我部国親・長宗我部元親・長曽我部盛親
筑前国(福岡県西部)・肥前国(佐賀県、長崎県)・豊前国(福岡県東部、大分県北部)
少弐家(武藤家)
筑後国(福岡県南部)・肥後国(熊本県)・豊後国(大分県)
大友家 大友宗麟
薩摩国(鹿児島県西部)・大隅国(鹿児島県東部・奄美群島)・日向国(宮崎県)
島津家 島津貴久・島津義久・島津義弘
【その他の人物】
<海北友松>
<茶屋四郎次郎>
<ねね(高台院)(北政所)>
<細川幽斎>
<細川ガラシャ>
<山名宗全>
<吉田兼倶>
<ルイス・フロイス>
【その他】
<伏見城>
現在の伏見区桃山町周辺に豊臣秀吉・徳川家康が築いた城
<今里城>
能勢氏によって乙訓寺の南の風呂川右岸に築かれた城