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京都の七不思議
むかしから、不思議な現象を7つ取り合わせる慣わしがある
京都には、長い歴史の中でも、時代や場所、登場人物などがあいまいな昔話風ではなく、
歴史的事実といえるような具体的な場所や人物が登場する故事が多く語り伝えられてきている

京都の七不思議:目次
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【永観堂の七不思議】

「岩垣もみじ」など約3000本のモミジが境内に広がる紅葉の名所の永観堂

 永観律師の修行中に、須弥壇から下りてきて、永観に振り向いて声をかけて導いたといわれる「見返り阿弥陀」の故事も残り、様々な不思議が語られている

 <抜け雀>

 小方丈の欄間に描かれた雀の絵(狩野探幽の筆といわれる)
 10羽の雀が描かれていたが、右の欄間の1羽がいつの間にか消え去ってしまい9羽になっていた
 この欄間の裏に、1匹だけ鼠が描かれていて、この鼠になったのではないかともいわれている

 <悲田梅(ひでんばい)>

 永観律師が待ちわびて、貧しい病人に梅の木の実を施したといわれる梅の樹
 かつては梅林ほどあったといわれるが、現在は、一本だけになり、小さな実をつける

 <臥龍廊>

 御影堂から、阿弥陀堂、開山堂に登っていく階段と廊下
 山の斜面に沿って、巧みに木を組み合せて作られた龍の背中がうねっているように大きく湾曲している
 龍の体内を歩いているような感覚が得られる
 釘を1本も使わずに造られている

 <三鈷の松

 御影堂の横に立つ、葉先が3つに分かれている珍しい松の古木
 「三鈷」とは、「智慧」「慈悲」「真心」を表す
 この松の葉を持っていると3つの福を授かるといわれる

 <木魚蛙>

 御影堂の裏のあたりで、4月から5月にかけて、
 蛙(カエル)が、木魚を叩いているような声で大きく鳴くが、その姿を誰も見たことがないといわれる

 <火除けの阿弥陀如来>

 瑞紫殿の本尊
 開山 真紹僧都が安置した5体の仏像の一つ
 他の4体は、応仁の乱で焼失するが、この像だけ奇跡的に焼け残ったため「火除けの阿弥陀」と称されて尊ばれる

 <岩垣もみじ>

 境内の裏の急斜面から生えている紅葉
 元の邸宅を所有していた平安時代初期の歌人 藤原関雄が隠居中に、
 「奥山の岩垣紅葉散りぬべし照る日の光みるときなくて」と詠んだことに由来して名付けられる

 <勅使門前の光る砂>

 勅使門の前には、勅使が、歩いて身を清めるための盛砂がされている
 その砂が、月明かりに光り、明かり取りとしても利用されたといわれる

【上賀茂神社の七不思議】

 <大田の沢の杜若>

 境内摂社の大田神社の野生の杜若が約2万5000株群生する池「大田沢」(国の天然記念物)
 この池に手をつけると手が腐るといわれる

 <賀茂の演能>

 能の演目に、上賀茂神社の祭神が登場する「賀茂」があるが、境内では決して演じられない
 「賀茂」を演じると、雷に打たれて死ぬといわれている

 <賀茂の勝手火>

 <楠木の化石橋>

 楼門の手前に架かる橋
 石橋ではなく、楠木(クスノキ)の化石といわれる
 長寿を祈願する人が渡るという「長寿橋」と称される

 <車返しの桜>

 <御扉の狛犬>

 本殿・権殿の御扉(みとびら)に狛犬が描かれている
 魔物が近寄らないように守護している狛犬だが、むかし、里へ出て悪さをしたため板戸に封じ込められたといわれる

 <物言わぬ神主>

 神主(かんぬし)は、明治時代までは、気軽に物が言えない地位の高い人であった
 神事の1ヶ月前には潔斎に入り、煮炊きの火も家族とは別にされたり、
老婆や男性だけの生活を送り、穢れた人との接触を避けるために、人との会話もできなかったといわれる

【北野天満宮の七不思議】

北野天満宮は、平安時代中期に、無実の罪で大宰府に流された菅原道真の怨霊を鎮めるために建立された神社
 学問の神様として全国に分霊が祀られ、信仰を集めている

 <影向松(ようごうのまつ)>

 表参道の大鳥居(一ノ鳥居)をくぐってすぐ右手
 石の玉垣をめぐらせた一本の松
 毎年三冬(初冬より節分まで)の間に初雪が降ると、天神さまが影向(降臨)され雪見の歌を詠まれるといわれる
 その時は、硯・筆・墨をとりそろえてお供えがされ、初雪祭が行われる
 菅原道真が常に襟に掛けて護持していた天台座主 尊意より授かった仏舎利が、
初雪の降った日に、大宰府より飛来してこの枝にかかったといわれる

 <筋違いの本殿>

 表参道から楼門をくぐり、まっすぐに境内を進むと地主神社が建っており、
 中門(三光門)を含む社殿(本殿)の境内は、楼門-地主神社から見て、やや西よりに位置している
 これは、天満宮を創建するにあたり、地主神社の正面を避けて建てられたためといわれる

 <星欠けの三光門>

 社殿(本殿)の境内に入る中門は、多くの彫刻が施されている中に、日・月・星の彫刻があるため「三光門」とも称される
 日と月と三日月はあるが、星の彫刻がない
 これは、天皇が、平安京の大内裏の大極殿から北野天満宮を遥拝するときに、
三光門の真上に北極星が輝いていたために、「星」の存在があったためといわれる

 <大黒天の燈籠>

 三光門の少し東南
 1855年(皇紀2515)安政2年10月
 河原町の「大黒屋」を中心とする質商組合によって奉献された石燈籠
 台座に刻まれている大黒様の口(頬ともいわれる)に小石をのせて落ちなければ、
その小石を財布に入れて祈願するとお金に困らないといわれている

 <唯一の立牛>

 菅原道真の生まれが丑年で、亡くなったのも丑の月の丑の日といわれ、牛は天神様の神使とされる
 境内各所には、神牛の像が置かれているが、
 菅原道真が亡くなり、遺骸を運んでいた途中で、牛が座り込んで動かなくなったため、
その付近の寺院「安楽寺」に埋葬されたことにちなみ、全て臥牛の(横たわった)姿となっている
 しかし唯一、拝殿の欄間にある彫刻には、立った牛の姿の神牛が刻まれている

 <裏の社>

 本殿の背面に、「御后三柱」という御神座があり、菅原道真の祖先神「天穂日命」、祖父「菅原清公」、父親「菅原是善」が、
菅原道真と背中合わで北向きに祀られている
 明治維新までは、影向松に飛来した仏舎利も祀られていた

 <天狗山>

 境内の乾方位(西北の角)にある小山
 室町時代の「社頭古絵図(北野参拝曼荼羅)」には、ユーモラスな鳥天狗が描かれている
 かつて、牛祠が祀られて一願成就の祠として信仰されていたが、現在は、牛祠は南西の角に遷座されている

北野天満宮の七不思議

  • 影向松(ようごうのまつ)
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    表参道の大鳥居(一ノ鳥居)をくぐってすぐ右手、石の玉垣をめぐらせた一本の松
    この松は、当宮の創建からこの地にあると伝わる御神木。
    立冬から立春前日までに初雪が降ると天神さまが降臨され、雪見を愛でながら詩を詠まれるという伝説がある
  • 筋違いの本殿
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    表参道から楼門をくぐり、まっすぐに境内を進むと地主神社が建っている
    もともとこの地には地主神社があり、のちに菅原道真公をおまつりする社殿を建てたという歴史的な理由から、本殿は地主社の正面を避けて建てられました
  • 星欠けの三光門
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    日の出
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    日の入り
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    月(2匹のうさぎの間に三日月)
    社殿(本殿)の境内に入る中門は、多くの彫刻が施されている中に、日・月・星の彫刻がある
    星は天上に輝く北極星のことで、実際には刻まれていないという説。
    理由は、かつて帝がお住いの大極殿から北野を望まれると、ちょうどこの門の上に北極星が輝いたと伝えられていることから、北極星をいただく伝説の門といわれています。天空と一つになって平安京を守護した場所が、この北野の地なのです
  • 大黒天の燈籠
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    小石を乗せるときは、そっと触れてください
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    三光門の東南にある燈籠。この大黒様の口に小石をのせて落ちなければ、その小石を財布に入れて祈るとお金に困らないといわれています。石燈籠は江戸時代に「大黒屋」を中心とする質屋さんの組合によって奉献され、このことからお金の運だめしが始まりましたが、「落ちない」ことから受験生にも知られるようになりました。
  • 唯一の立牛
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    本殿の上の真ん中
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    境内各所には、神牛の像が置かれているが、唯一立った牛の姿の神牛がいる
    大宰府でご生涯を閉じられた際、道真公の御遺骸をお運びする途中で車を引く牛が座り込んで動かなくなって、やむなく付近の安楽寺に埋葬したという故事に由来しています。この伝説から神牛は臥牛(伏した牛)の姿であらわされていますが、一体だけなぜか立った姿の神牛が拝殿の欄間(らんま)に刻まれています
  • 裏の社
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    本殿の背面に、祀られている「御后三柱(ごこうのみはしら)」という御神座
    道真公の御神座と背中合わせの形で北向きにおまつりされているのは道真公のご先祖様の天穂日命、おじい様の菅原清公卿、お父様の菅原是善卿の三柱の神さまです。
  • 天狗山
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    境内の乾方位(西北の角)にある小山(絵馬の後ろにある小山)
    室町時代に描かれた『社頭古絵図』(北野参拝曼荼羅)には、ユーモラスな烏天狗が描かれており、大昔、この辺りには天狗が出没したのかもしれないと想像をかきたてられる場所です

【清水寺の七不思議】

奈良時代後期に創建された 清水寺には、霊験あらたかな聖地として厚く信仰されてきており、長い歴史の中で、多くの不思議が語り伝えられてきている
 2007年(皇紀2667)平成19年
 スイスの財団「新・世界七不思議財団」が選定した「新世界の七不思議」に、清水寺も最終選考まで残っていたが、惜しくも落選する

 <二体の阿形の狛犬>

 仁王門の前の狛犬
 通常は、口を開いた阿形(あぎょう)と、口を閉じた吽形(うんぎょう)の阿吽が対になった狛犬がおかれるが、
二体とも口を開いた阿形の狛犬がおかれている

 阿吽(あうん)とは、人間の生まれた瞬間と死ぬ瞬間の姿で、万物の初めと終わりを表しているといわれる

 <仁王門のカンカン貫(ぬき)>

 清水坂を上がって正面の「赤門」と称される仁王門(重要文化財)
 腰貫の端に爪で引掻いてできたようなくぼみがあり、そこを叩くと、斜め向かいの貫頭に、その音が伝わる

 <岸駒の虎>

 仁王門(重要文化財)の右下にある灯籠に刻まれている虎の絵
 江戸時代後期の有栖川家に仕えた画家 岸駒が寄進したもの
 「八方にらみの虎」と称される「虎の図」
 どの角度から見ても睨みつけられたように目が合う

 <馬駐(うまとどめ)の金具>

 清水坂を上がって正面の「赤門」と称される仁王門(重要文化財)
 貴族や武士が馬をここにつないで、徒歩で諸堂へ参拝するための、五頭の馬をつなぐことができる馬駐
 一ヶ所だけ逆の下向きに付いている

 <龍の鬼瓦>

 三重塔(重要文化財)の東南角の屋根瓦
 通常、屋根瓦の角には、厄を払う鬼瓦がおかれるが、
一ヶ所だけ、水の神であり火を防ぐ守護神である、龍の瓦になっている

 <六本脚の鐘楼>

 切妻瓦葺きの鐘楼
 通常は4本脚だが、丸柱が6本もあり、珍しいといわれる

 <轟門(とどろきもん)(重要文化財)>

 本堂の西にある八脚門
 この門には扉がない
 また、水がないのに橋が架かっている
 かつては、八坂の塔、三年坂を越えて轟川という川が流れていたといわれる

 この橋は清水寺の口をかたどっており、橋の板張り部分が舌、両側の石板が歯を表した歯形の橋
 歯痛の人は渡ってはいけないといわれる

 <梟の手水鉢(ふくろうのちょうずばち)>

 轟橋の横にある、龍が水を出している手水鉢(ちょうずばち)
 台座にフクロウが刻まれている
 この梟の手水鉢の水で口をすすぐと、歯痛・頭痛が治るといわれる

 <弁慶の指跡>

 本堂の裏側の長押の貫の木の目に沿って、深さ2cmほどの溝が付いている
 弁慶が人差し指で刻んだものといわれる

 本堂(国宝)は江戸時代初期に再建されたもので、弁慶の時代とは合わない
 お千度参りの参拝者が、お堂を廻ったときに、手にしていた数取り串(竹串状の札)の跡といわれる

 <平景清の足形石>

 朝倉堂の東側にある(元は地主神社の本殿前にあった)
 通常は、仏足石が平に置かれるが、平家の武将 平景清の足形が、立てておかれている
 足形の大きさは、一尺七寸(約50cm)ある

 <景清爪彫りの観音>

 胎内めぐりの随求堂の手前にある石灯籠
 灯籠の内部の火袋内に線彫りの小さな観音菩薩が刻まれている
 平家の武将 平景清が、牢獄に入れられているときに、爪で石の上に観音菩薩を彫り、清水に奉納したものといわれる

 <音羽の滝>

 霊水が3つの筧(かけい)を通って流れ出ている
 古来より、清水寺では、滝に打たれて水垢離修行されてきた
 「金色水」「延命水」とも称され、心身を清めるもの
 三筋の流れは、江戸時代には、左が「慈悲」、中が「利(得)」、右が「知恵」を表すとして観世音菩薩を意味していた
 現在では、左が「学問上達」、中が「健康・長寿」、右が「良縁成就」のご利益がある霊水とされている

 <弁慶の鉄の下駄と錫杖>

 弁慶が使っていたといわれる巨大な鉄製の下駄と、大錫杖、小錫杖
 鉄下駄は、一足が12kg、大錫杖は長さ2.6m、重さ96kg、小錫杖は長さ1.8m、重さ17kg
 これらを持ち上げるとご利益があるといわれる
 牛若丸と弁慶が戦ったのは、五条大橋ではなくこの清水の舞台で、
 弁慶は、この鉄下駄を履いていたため牛若丸(源義経)に負けたともいわれる

 <首振り地蔵>

 地蔵院善光寺堂の前に安置されているお地蔵さん
 首が360度一回転する
 逢いたい人の方へ首をまわして祈願すると、願いが叶うといわれる
 首を一回転させてから祈願すると叶うともいわれ、回らない人は体の調子が悪いといわれる

 <地主神社の八方にらみの竜>

 地主神社の拝殿(重要文化財)の鏡天井に描かれている丸竜
 狩野元信の筆
 この竜は、夜ごと天井を抜け出して、音羽の滝の水を飲むために、目に釘を打ちつけたといわれる
 どの方角から眺めても自分の方をにらんでいるように見える「八方にらみの竜」と称される

【下鴨神社の七不思議】

 <連理の賢木(れんりのさかき)>
 <何でも柊>
 <みたらしの池>
 <御手洗川の泡>
 <泉川の浮き石(烏縄手)>
 <赤椿>
 <船ヶ島・奈良社旧跡>

【新京極の七不思議】

 <たらたら坂>
 <迷子の道しるべ(誓願寺)>
 <阿弥陀如来像(誓願寺)>
 <逆蓮華(さかれんげ)の阿弥陀如来(安養寺)>
 <未開紅の梅(長仙院)>
 <和泉式部塔(誠心院)>
 <地蔵菩薩(染殿地蔵)>

【知恩院の七不思議】

 <鴬張りの廊下>
 <白木の棺>
 <忘れ傘>
 <抜け雀>
 <三方正面真向の猫>
 <大杓子>
 <瓜生石>

【出水の七不思議】

 千本通から西に入ると、小さな寺院が密集しており、「出水の七不思議」といわれる故事が残る寺院がある

 <浮かれ猫(光清院)>
 <日限薬師(ひぎりやくし)(地福寺)>
 <五色椿(華光寺)>
 <時雨松(華光寺)>
 <百叩きの門(観音寺)>
 <寝釈迦(五劫院)>
 <二つ潜り戸(極楽寺)>
 <金谷水(きんこくすい)(極楽寺)>
 <本堂(善福寺)>
 <応挙の幽霊(玉蔵院)>
 <左近の桜(福勝寺)>

【西本願寺の七不思議】

 <水吹き銀杏(いちょう)(京都市指定天然記念物)>
 <逆さ銀杏>
 <太鼓楼>
 <日暮門(国宝)>
 <抜け雀>
 <逆遠近法の障壁画>
 <白州水屋の手水鉢>
 <梟の灯籠>
 <三面大黒天像>

【伏見稲荷大社の七不思議】

 <お山の土>
 <千本鳥居>
 <無数の塚>
 <おもかる石>
 <験の杉(しるしのすぎ)>
 <御劒社の霊岩>
 <宗近の井戸>
 <奴禰鳥居(ぬねとりい)>
 <お産婆稲荷のロウソク>
 <八嶋池の大八嶋社>

【堀川通の七不思議】

 <一条戻橋>
 <梅ヶ枝の手水鉢>
 <芹根水(せりねのみず)>

【八坂神社の七不思議】

 <雨垂れがしない西楼門(にしろうもん)(重要文化財)>
 <巣を作らない西楼門(にしろうもん)(重要文化財)>
 <絵馬堂>
 <夜泣き石>
 <二見岩>
 <龍穴>
 <龍吼(りゅうぼえ)>